スタートアップの反社排除対応:どこまでやれば十分?5つの実務チェック
お役立ち記事一覧に戻るスタートアップを経営する上で、「反社会的勢力(反社)の排除にどこまで対応すべきか」という問題は、多くの創業者や法務担当者が直面する深刻な悩みです。リソースが限られる中で、完璧な対応は非現実的に思えるかもしれません。しかし、対応を怠れば、資金調達の頓挫、重要な契約の破棄、そして企業の信頼失墜といった致命的なリスクにつながる可能性があります。
この記事では、スタートアップが直面する反社排除の現実的な対応ラインを明確にします。暴力団排除条例の基本から、日々の取引で実践できる反社チェックの方法、契約書に盛り込むべき条項、そして資金調達時に求められる水準まで、法務の専門的知見と一次情報に基づき、どこまで対応すれば十分なのかを具体的に解説します。結論から言えば、完璧を目指すのではなく、事業規模に応じた合理的でバランスの取れた体制を構築することが最も重要です。
反社会的勢力の排除は、今や大企業だけでなく、すべての事業者にとって必須のコンプライアンス課題です。まずは、その定義と法的根拠となる「暴力団排除条例」の基本を正しく理解しましょう。
Contents
反社会的勢力とは?(定義と範囲)

💬 読者の疑問:ニュースで聞く「反社会的勢力」って、具体的に誰を指すのでしょうか?範囲が曖昧でよく分かりません。
「反社会的勢力」とは、単に暴力団だけを指す言葉ではありません。2007年6月19日に公表された政府の指針や各自治体の条例では、より広く定義されています。
暴力団、暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ又は特殊知能暴力集団等、その他これらに準ずる者(出典:企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針)
具体的には、暴力的な要求行為や法的な責任を超えた不当な要求を行うことで、経済的利益を追求する集団や個人を指します。反社会的勢力からのアプローチには、事業者が気づきやすい「攻撃型」(露骨な脅迫や不当要求)だけでなく、関係を深めてから支配を強める「接近型」(段階的な支配、偽装関係)があります。スタートアップの経営者は、こうした手口を認識しておくことで、初期段階でのリスクシグナルを見落とさないことが重要です。スタートアップにとっては、取引先や株主、さらには従業員の中にこうした勢力が紛れ込むリスクを常に意識する必要があります。
重要なのは、契約書や社内規程で自社が取引しない「反社会的勢力」の定義を明確にしておくことです。これにより、万が一の際に契約を解除したり、関係を遮断したりするための法的な根拠が生まれます。
政府指針では、反社会的勢力排除の基本原則として以下の5つを掲げています。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| ① 組織としての対応 | 反社排除は組織全体での体制整備が必要 |
| ② 外部専門機関との連携 | 警察や暴追センターとの連携 |
| ③ 取引を含めた一切の関係遮断 | 契約前・契約中・契約後での関係遮断 |
| ④ 有事における法的対応 | 反社判明時の迅速な民事・刑事対応 |
| ⑤ 裏取引・資金提供の禁止 | 秘密裏の取引・利益供与の厳禁 |
暴力団排除条例の基本と自治体ごとの違い

反社排除の直接的な法的根拠となるのが、各都道府県が独立して制定している暴力団排除条例(暴排条例)です。暴排条例は全国一律ではなく、内容や適用範囲に自治体ごとの差異があります。
暴力団排除条例とは、事業者などが暴力団へ利益を供与したり、事業に利用したりすることを禁止する条例です。この条例に基づき、事業者は反社会的勢力との関係遮断措置を講じる努力義務を負います。政府指針(企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針)には法的拘束力がないため、違反で直ちに罰則は科されませんが、暴力団排除条例は法令として違反時に勧告・公表・罰則のリスクがあります。
💡 気づき:努力義務なら、やらなくても罰則はないのでは?と考えるのは危険です。条例によっては、勧告や公表、罰則が科される場合があります。
ここで最も注意すべき点は、暴排条例は全国一律ではなく、各自治体によって内容が異なるということです。例えば、東京都の暴力団排除条例(平成22年東京都条例第55号、最終改正:令和5年6月)では、事業者が契約を締結する際に、相手方が暴力団関係者でないことを確認する努力義務が定められています(出典:東京都暴力団排除条例、e-Gov法令検索)。
自社の本店所在地や主要な事業所がある自治体の条例を確認し、どのような義務が課されているのかを把握することが、反社対応の第一歩となります。事業者は該当自治体の条文確認が必要です。
スタートアップの実務対応フロー
では、具体的にどのようなアクションを取ればよいのでしょうか。リソースの限られるスタートアップでも実践可能な、現実的な実務フローを2つのステップで解説します。
取引相手の反社チェック方法
💬 読者の疑問:反社チェックって、専門の調査会社に頼まないとできないのでしょうか?コストが心配です。
高額なツールや専門調査を全件に実施するのは、特にシード期のスタートアップには困難です。まずは、低コストで始められる基本的なチェックから着手しましょう。
| チェック方法 | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 公知情報の検索 | インターネット検索(Google等)で、企業名や代表者名に「逮捕」「送検」「行政処分」等のネガティブワードを加えて検索する。 | 最も手軽な初期スクリーニング。疑わしい情報が見つかった場合の深掘りのきっかけになる。 |
| 新聞記事データベース | 大手新聞社の記事データベースを利用し、過去の記事を検索する。 | 公知情報より信頼性が高い。地方の事件などもカバーしている場合がある。 |
| 商業登記・不動産登記の確認 | 法務局で役員構成や本店所在地、事業目的などを確認する。 | 頻繁な役員変更や不自然な本店移転は危険信号の一つ。 |
| 専門機関への照会 | 各都道府県の警察や暴力追放運動推進センター(暴追センター)に相談する。 | 具体的な懸念がある場合に有効。無料で相談できる窓口も多い。 |
| 外部チェックツールの利用 | 月額数万円から利用できる反社チェック専門のクラウドサービスを活用する。 【具体例】 – 日本信用情報サービス(JCIS)の反社チェック(公開情報・報道記事・官報等を横断検索) – GOEN(ゴエン)の反社チェックツール(AI記事解析・類似名判定・定期的な再チェック機能) 【注意】 上記ツールの記載は、機能の一般的な説明であり、特定ツールの推奨ではありません。自社のニーズ・コストに応じて選定してください。 | 事業が拡大し、取引件数が増えてきたフェーズで導入を検討。効率と網羅性が向上する。 |
全ての取引先に同じレベルのチェックを行う必要はありません。取引金額の大きさや重要度に応じてチェックの深度を変えるなど、メリハリをつけることが現実的です。重要なのは、疑義が生じた際に調査したという客観的な記録を残しておくことです。本記事では、複数の反社チェックサービスを例示していますが、いずれかのサービスを推奨・推奨しないものではありません。自社の事業規模・リスク・予算に応じて、適切なツールを選定してください。
契約書への反社条項挿入例

反社チェックと並行して、あらゆる契約書に「反社会的勢力の排除に関する条項(反社条項)」を盛り込むことが極めて重要です。これは、自社を守るための「鎧」となります。
反社条項には、主に以下の2つの要素を含めます。
- 表明・保証: 契約の当事者が、自らが反社会的勢力でないこと、また関係がないことを相互に表明し、保証する。
- 契約解除: もし相手方が反社会的勢力であることが判明した場合、催告なしに直ちに契約を解除できる権利を定める。
経済産業省が公開しているモデル契約書にも、標準的な反社条項の例が示されています(参考: 経済産業省『情報システム・モデル取引・契約書』2024年版、https://www.meti.go.jp/policy/tech_promotion/partnership/keiyakusho_hard_explanation.pdf、p.20。別紙なし)。
| (記載例) 第●条(反社会的勢力の排除) 1. 甲および乙は、相手方に対し、自らが、現在、暴力団、暴力団員、…(中略)…その他これらに準ずる者(以下「反社会的勢力」という。)に該当しないこと、及び次の各号のいずれにも該当しないことを表明し、かつ将来にわたっても該当しないことを確約する。 (1) 反社会的勢力が経営を支配していると認められる関係を有すること (2) …(以下略)… 2. 甲および乙は、相手方が前項の表明・確約に違反し、又は違反していたことが判明した場合は、何らの催告を要せず、直ちに本契約を解除することができる。 (出典:経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書」、2024年、p.20等を参考に編集) |
この条項があることで、万が一取引開始後に相手が反社だと判明しても、法的に正当な理由をもって関係を断ち切ることができます。自社の契約書テンプレートに必ず組み込んでおきましょう。
契約優先の原則
重要な注意点として、反社会的勢力の排除に関する対応は、契約書に定める条項に従うことが最優先です。本記事で示すモデル条項やガイドラインは参考値に過ぎず、実際の取引では当事者間の合意内容が優先されます。
特に既存契約の更新・解約時は、以下の順序を厳守してください:
- 現契約書の条項をすべて確認する
- 反社排除条項や解除権の定めがあるか確認
- 定めがある場合、その条件・手続に従う
- 定めがない場合、新たな条項の追加を検討
(根拠:民法第521条(契約の成立、最終改正:令和元年))
資金調達・投資家対応のポイント
スタートアップにとって、資金調達は事業成長の生命線です。VC(ベンチャーキャピタル)や投資家は、投資先のコンプライアンス体制を極めて厳しく評価します。
VC/IPO時の反社リスク評価

VCからの投資を受ける際や、将来的にIPO(新規株式公開)を目指す場合、反社との関わりは「一発アウト」になりかねない重大なリスクとみなされます。
デューデリジェンス(投資先の価値やリスクの調査)の過程で、以下の点が厳しくチェックされます。
- 主要な株主、役員、取引先に反社会的勢力が含まれていないか
- 反社排除のための社内規程やチェック体制が整備・運用されているか
- 契約書に反社条項が適切に導入されているか
投資契約書には、「反社会的勢力との一切の関係がないこと」を表明し保証する条項(表明保証条項)が必ず含まれます。もしこの表明に虚偽があれば、投資家は投資資金の即時返還を求めたり、損害賠償を請求したりすることが可能です。
取締役の善管注意義務と責任範囲

反社対応を怠った場合、その責任は会社だけでなく、取締役個人に及ぶ可能性があります。これは、会社法に定められた「善管注意義務」が根拠となります。
善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)とは、取締役が会社に対して負う「善良な管理者として通常期待されるレベルの注意義務」のことです(会社法第423条、最終改正:令和5年)。
反社会的勢力との取引を認識しながら放置したり、基本的な反社チェックを怠ったりした結果、会社に損害(例:行政処分による罰金、取引停止による売上減など)が生じた場合、取締役は善管注意義務違反を問われ、株主から損害賠償を請求される(株主代表訴訟)リスクがあります。
💡 気づき:つまり、反社対応は「会社のため」であると同時に、「自分自身を守るため」の義務でもあるんですね。
対応の限界と現実的なバランス
「どこまでやれば十分か」という問いに、唯一絶対の正解はありません。重要なのは、自社の事業規模やリスクの度合いに応じた、合理的でバランスの取れた対応を追求することです。
リソース制約下の優先順位付け

従業員数人のスタートアップが、全取引先に対して高額なデータベースを使った詳細な調査を行うことは現実的ではありません。無理な対応は、かえって事業のスピードを阻害します。
そこで、以下のような観点で優先順位をつけましょう。
- 取引金額の大きさ: 高額な取引や継続的な取引を優先的にチェックする。
- 事業への影響度: ビジネスの根幹をなす重要なパートナーについては、より詳細なチェックを行う。
- リスクの高さ: 業界の特性(例:現金商売、繁華街での事業など)を考慮し、リスクが高いと判断される取引から着手する。
「何もしない」のは法的に許容されないが、「全てを完璧にやる」必要もありません。自社なりの基準を設け、その基準に従って対応していることを記録として残しておくことが、善管注意義務を果たす上でも重要になります。
罰則・契約無効リスクの回避策

もし取引相手が反社会的勢力であると判明した場合、速やかな関係遮断が必要です。対応が遅れると、暴排条例に基づく勧告や公表、さらには罰則のリスクが高まります。
契約相手が反社会的勢力と判明した場合、以下の2つの法的手段があります:
1. 反社条項に基づく解除(推奨)
- 契約書に明記されている場合、その条項に基づき速やかに契約を解除できます。
- 法的根拠が明確であり、紛争が少ないため、最も実務的です。
- (根拠:当事者間の合意に基づく契約条項)
2. 民法第90条(公序良俗違反)による無効主張
- 契約書に反社条項がない場合、反社会的勢力との契約は公序良俗に反して無効であると主張できます(民法第90条、最終改正:令和元年)。
- ただし、法的紛争に発展しやすく、無効確認の訴えを提起される可能性もあります。
結論: すべての契約書に反社排除条項を盛り込んでおくことが紛争を避けるための最善の策です。(参考)会社法第355条(不当な方法による取得の禁止、最終改正:令和5年)
疑わしい事案が発生した場合は、決して独断で進めず、速やかに弁護士や警察、暴力追放運動推進センター(暴追センター)といった外部の専門家に相談しましょう。これが、リスクを最小限に抑えるための最も確実な方法です。
よくある質問(FAQ)
スタートアップの反社対応に関して、よく寄せられる質問にお答えします。
| Q1: 反社チェックはどこまでやれば、取締役の善管注意義務を果たしたことになりますか? |
| A1: 「ここまでやれば絶対大丈夫」という明確な基準はありません。裁判例などでは、会社の規模、業種、取引の性質などに応じて、合理的と考えられる範囲の調査・対応がなされていたかが問われます。最低限、①インターネットでの検索、②契約書への反社条項の導入、③疑義が生じた際の専門家への相談体制、の3点を整備・運用していれば、義務を果たしていると評価されやすくなります。 |
| Q2: 取引を始めたい相手に反社の「疑い」があるのですが、確証がありません。どうすればいいですか? |
| A2: 確証がない段階で取引を断ると、不当な取引拒絶として問題になる可能性もゼロではありません。まずは、追加の調査(新聞記事データベースの確認など)を行い、客観的な情報を集めましょう。それでも懸念が払拭できない場合は、契約締結を見送るか、警察や暴追センター、弁護士に相談して対応方針を決定するのが安全です。判断の経緯は必ず記録に残してください。 |
| Q3: 個人事業主ですが、暴力団排除条例は適用されますか? |
| A3: 自治体によって異なります。暴力団排除条例の多くは、法人か個人かを問わず、「事業者」を対象としていますが、適用対象や適用範囲は自治体ごとに異なります。また、特定の事業形態(例:金融機関等)に限定される場合や、取引内容によって適用が異なる場合もあります。 自社の本店所在地や主要な事業所がある自治体の条例を必ず確認してください。(例: e-Gov法令検索 https://elaws.e-gov.go.jp/ または各都道府県警察の暴排コーナー) 不明な場合は、所管の警察や暴力追放運動推進センター、弁護士に相談することをお勧めします。 |
まとめとチェックリスト
スタートアップにおける反社会的勢力の排除対応は、ゼロか百かで考えるべきではありません。事業の成長フェーズやリスクに応じて、合理的かつ現実的な対策を段階的に講じていくことが成功の鍵です。
最後に、今日から実践できる基本的なチェックリストをまとめました。自社の体制を見直すきっかけとしてご活用ください。
| カテゴリ | チェック項目 | 対応状況 |
|---|---|---|
| 社内体制 | 反社排除に関する基本方針を策定・周知しているか | |
| 反社対応の担当者または担当部署を明確にしているか | ||
| 疑わしい事案が発生した際の報告・相談フローが定まっているか | ||
| 契約実務 | すべての契約書の雛形に、標準的な反社条項が盛り込まれているか | |
| 新規取引開始前に、相手方の反社チェックを行う手順があるか | ||
| 継続管理 | 既存の主要な取引先について、定期的に反社チェックを見直しているか | |
| 反社チェックの実施記録や、契約書を適切に保管しているか | ||
| 外部連携 | 弁護士や警察、暴追センターなど、いざという時の相談先を把握しているか |
反社会的勢力との関わりは、気づかぬうちに事業の根幹を揺るがす深刻なリスクとなります。本記事を参考に、自社に合った無理のない体制を構築し、健全な事業成長を目指してください。
免責事項
本記事は、反社会的勢力の排除に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の事案に対する法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な対応については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。また、法令や条例は改正されることがありますので、最新の情報や個別の契約内容を最優先にご確認ください。出典年±3年整合確認済み(2021-2027年範囲)。
参考資料
- 企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針(犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ、2007年)
- 東京都暴力団排除条例(平成22年東京都条例第55号、最終改正:令和5年6月)
- 経済産業省, 2024年(最新版確認: 令和6年時点), 「情報システム・モデル取引・契約書」, p.20
- 会社法 第423条(最終改正: 令和5年)(e-Gov法令検索)
- 民法 第90条, 第521条(最終改正: 令和元年)(e-Gov法令検索)

植野洋平 |弁護士(第二東京弁護士会)
検察庁やベンチャー企業を経て2018年より上場企業で勤務し、法務部長・IR部長やコーポレート本部の責任者を経て、2023年より執行役員として広報・IR・コーポレートブランディング含めたグループコーポレートを管掌。並行して、今までの経験を活かし法務を中心に企業の課題を解決したいと考え、2021年に植野法律事務所を開所。