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  • 取締役会議事録は会社法遵守だけではNG!IPO審査を突破する記載ポイント5選

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    IPO(新規株式公開)を目指す企業にとって、取締役会の運営と議事録の作成は、避けて通れない重要なプロセスです。多くの担当者が会社法の要件に沿った議事録を作成していますが、上場審査、特に主幹事証券や取引所による実質審査の段階で「審議の過程が見えない」「ガバナンスが有効に機能しているか不明」といった厳しい指摘を受けるケースが後を絶ちません。これは、上場審査で求められる議事録のレベルが、会社法が定める最低限の要件とは大きく異なるためです。

    本記事では、IPO準備企業が直面するこの課題に焦点を当てます。会社法上の「形式要件」と、上場審査で問われる「実質要件」の違いを明確にし、審査を通過するために取締役会議事録に何を、どのように記載すべきかを、具体的なポイントやNG事例を交えて解説します。この記事を読めば、貴社の取締役会議事録を「守りの記録」から、投資家に信頼される「攻めのガバナンス証明」へと昇華させるための道筋が見えるはずです。

    会社法遵守の証明だけではない、3つの重要な役割

    上場審査において、取締役会議事録は主に以下の3つの役割を担います。

    • コーポレートガバナンスの有効性の証明
      上場企業には、投資家保護の観点から、実効性の高いコーポレートガバナンス体制が求められます。取締役会議事録は、取締役会が単なる決議機関ではなく、活発な議論を通じて経営を監督し、適切な意思決定を行っていることを示す客観的な証拠となります(出典:日本取引所グループ「新規上場ガイドブック」)。関連する論点として、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の遵守状況も議事録から読み取られます。
    • 取締役の義務履行の客観的証拠
      取締役は、会社に対して善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(善管注意義務)や、法令・定款等を遵守し、会社のために忠実に職務を執行する義務(忠実義務)を負っています。議事録に、議案に対して十分な情報を基に多角的な検討を行った過程や、利益相反の懸念がある取引について公正な審議を行った記録を残すことで、取締役がこれらの義務を適切に果たしたことの重要な証明となります。
    • 投資家に対する説明責任の根拠
      IPO後、企業は多くの株主に対して説明責任を負います。将来的に経営判断の妥当性が問われるような事態が発生した場合、取締役会議事録は「なぜその意思決定に至ったのか」という経緯と根拠を示す、企業の公式な記録として極めて重要な役割を果たします。

    IPO審査における取締役会議事録は、過去の事実を記録するだけでなく、未来の投資家からの信頼を勝ち取るための「企業の品質保証書」ともいえます。

    【徹底比較】会社法の「法定要件」と上場審査の「実質要件」の違い

    IPO準備でつまずく多くの企業は、「会社法上の要件」と「上場審査上の要件」を混同しています。会社法が求めるのはあくまで適法性を担保する「形式」ですが、上場審査ではガバナンスの有効性を示す「実質」が問われます。

    💬 読者の疑問: 会社法の条文通りに作成していれば、問題ないと思っていました…。

    このギャップを理解することが、審査を通過する議事録作成の第一歩です。

    最低限のライン:会社法・会社法施行規則が定める記載事項

    まず、全ての株式会社が遵守すべき法的要件を確認しましょう。会社法第369条第3項(令和3年改正)および会社法施行規則第101条(令和3年改正)では、取締役会議事録に以下の事項を記載することが義務付けられています。

    • 開催日時及び場所
    • 議事の経過の要領及びその結果
    • 決議事項について特別の利害関係を有する取締役の氏名
    • 出席した取締役・監査役等の氏名
    • 議長の氏名

    これらは議事録として成立するための最低限の要件です。また、作成した議事録は、開催日から10年間、会社の本店に保管する義務があります(会社法第371条)。これらは、スタートラインに過ぎません。

    審査の核心:ガバナンスの有効性を示すための「5つの視点」

    一方、上場審査では、上記の法定要件に加え、取締役会が実質的に機能しているかを示す以下の視点が厳しくチェックされます。

    評価項目会社法上の「形式要件」上場審査で問われる「実質要件」
    審議の過程議事の経過の「要領」具体的な質疑応答、表明された懸念、代替案の検討経緯、反対意見とその理由など、議論が深められた過程。
    経営判断の根拠(特段の定めなし)なぜその結論に至ったのか、判断の前提となった資料、データ、専門家の意見、リスク分析の内容。
    社外役員の役割出席者の氏名社外取締役や社外監査役が、独立した立場から行った質問や意見陳述の内容。監督機能が果たされているかの証明。
    意思決定の公正性特別利害関係人の氏名特別利害関係を有する取締役が、審議・決議に参加していない事実に加え、利益相反を回避するための具体的な措置。
    監査・監視機能監査役等の出席・氏名監査役や監査等委員が述べた意見の内容。特に、法令・定款違反の恐れや著しく不当な事項に関する指摘の有無。

    このように、上場審査では「決議した」という結果だけでなく、「いかにしてその決議に至ったか」というプロセスが極めて重要視されるのです。

    上場審査で評価される取締役会議事録の具体的な記載ポイント5選

    では、具体的にどのような記載をすれば、上場審査で「ガバナンスが有効に機能している」と評価されるのでしょうか。ここでは、特に重要な5つのポイントを解説します。

    Point 1:審議の「過程」を記録する(質疑応答、懸念、反対意見)

    最も重要なのは、結論だけでなく議論のプロセスを可視化することです。単に「審議の結果、承認された」では不十分です。

    (NG記載例)
    第1号議案 新規事業への投資に関する件
    担当取締役より本件について説明があった。審議の結果、全会一致で原案どおり承認可決した。
    (OK記載例)
    第1号議案 新規事業への投資に関する件
    担当取締役Bより、事業計画書に基づき説明があった。これに対し、取締役Cより「計画における市場成長率の見通しが楽観的ではないか」との質問があり、Bは「〇〇社の調査レポートを根拠としており、蓋然性は高いと判断している」と回答した。また、社外取締役Dより「競合の参入リスクについて、より詳細な分析が必要ではないか」との懸念が表明された。議論の結果、競合分析レポートを追加提出することを条件として、本件を承認可決した。

    OK例のように、誰がどのような質問や懸念を示し、それに対してどのような応答や議論がなされたかを記録することで、審議が尽くされたことを客観的に示せます。

    Point 2:経営判断の「根拠」を示す(善管注意義務の履行証明)

    重要な意思決定を行う際、取締役は合理的な情報収集と比較検討を行う義務を負っています。議事録には、その判断が独断や憶測ではなく、客観的な情報に基づいて行われたことを示す根拠を記載します。

    • 報告・添付資料の明記: 「別途配布の事業計画書に基づき」「〇〇コンサルティング作成のデューデリジェンス報告書を参照し」など、判断の基礎となった資料名を明記する。
    • リスクとリターンの比較検討: なぜ他の選択肢ではなく、その議案を選択したのか。比較検討した内容の要点を記載する。
    • 専門家の意見: 弁護士や会計士など、外部専門家の意見を聴取した場合は、その概要を記載する。

    Point 3:社外役員の「監督機能」を可視化する(CGコード対応)

    CGコードでは、社外取締役に経営の監督機能を果たすことが期待されています。上場審査では、社外取締役が「お飾り」ではなく、独立した立場から積極的に発言しているかが問われます。

    • 社外取締役からの質問、意見、懸念事項を具体的に記載する。
    • 経営陣の提案に対し、社外取締役が異なる視点を提供した事実を記録する。
    • 社外取締役の発言が、意思決定にどのような影響を与えたかを記載する。

    💡 気づき: なるほど、社外取締役の発言を記録することが、単なる議事録作成ではなく、CGコード遵守やガバナンス報告書にも繋がる重要な活動なんですね。

    社外役員の機能については、こちらの「社外取締役の役割と責任に関する記事(内部リンク)」で詳しく解説しています。

    Point 4:意思決定の「公正性」を担保する(特別利害関係取締役)

    取締役と会社の利益が相反する取引(利益相反取引)などを決議する場合、その取締役に「特別の利害関係」が生じます。この場合、当該取締役は決議に参加できません(会社法第369条第2項(令和3年改正))。

    議事録には、以下の点を明確に記載する必要があります。

    • 当該議案について、特定の取締役に特別の利害関係があること。
    • その取締役が審議および決議に参加せず、退席したこと。
    • 決議の定足数(議決に加わることができる取締役の数)から、当該取締役が除外されていること。

    これにより、意思決定プロセスの公正性・透明性を証明します。

    Point 5:監査役・監査等委員の「監視機能」を明記する

    監査役や監査等委員(監査等委員会設置会社の場合)は、取締役の職務執行を監査する重要な役割を担います。これらの役職者からの意見は、取締役会の監視機能が働いていることを示す重要な証拠です。

    • 監査役(または監査等委員)が出席し、意見を述べた場合はその内容を記載する(会社法施行規則第101条(令和3年改正))。
    • 特に、取締役の行為に法令・定款違反の恐れがあると指摘した場合は、その内容と取締役会の対応を詳細に記録する。
    • 常勤の監査役等から、業務監査の状況について報告があった場合はその概要を記載する。

    主幹事証券や取引所から指摘される議事録のNG事例

    ここでは、IPO準備の実務において、主幹事証券や証券取引所から実際に指摘されやすい議事録のNG事例を紹介します。自社の議事録が該当していないか、チェックしてみてください。

    NG事例①:決議結果の羅列で「議論」が見えない

    最も多い指摘がこれです。「第1号議案 承認、第2号議案 承認…」といったように、決議の結果だけが書かれており、どのような議論を経てその結論に至ったのかが全く分からないケースです。これでは、取締役会が実質的な審議を行っていることの証明が弱いと評価されるリスクがあります(出典:EY Japan「IPO Insights」)。

    NG事例②:全会一致ばかりで「健全な牽制」が働いているか不明

    全ての議案が常に「全会一致で承認」となっている議事録も、疑念を招く可能性があります。もちろん、全ての議案で反対意見が出るわけではありませんが、重要な投資案件やM&A案件などでさえ、懸念や質問が一切記載されていないと、「活発な議論が行われていないのではないか」「経営陣に対する健全な牽制が機能していないのではないか」と評価されるリスクがあります。

    NG事例③:書面決議(みなし決議)の多用で「形骸化」を疑われる

    会社法第370条(令和3年改正)に定められる書面決議(みなし決議)は、取締役全員が書面等で同意すれば決議があったとみなされる便利な制度です。しかし、IPO準備段階でこの制度を多用すると、上場審査において「取締役が一堂に会して議論する場が形骸化している可能性がある」と指摘されるリスクがあります。重要な意思決定については、原則として実際に取締役会を開催し、議論の過程を議事録に残すことが望ましいとされます。

    FAQ:IPO準備における取締役会議事録のよくある質問

    IPO準備企業から寄せられる、取締役会議事録に関するよくある質問にお答えします。

    Q. 過去の不十分な議事録はどう対応すればよいですか?
    A. 過去の議事録を後から修正・改ざんすることはできません。重要なのは、指摘を受けた時点から議事録の記載レベルを改善し、ガバナンスを向上させる姿勢を示すことです。その上で、過去の議事録について説明を求められた場合に備え、当時の議論の背景や検討内容をまとめた補足説明資料を準備しておく、といった対応が考えられます。必ず主幹事証券や顧問弁護士と相談してください。
    Q. 上場審査では、どのくらいの期間の議事録を提出する必要がありますか?
    A. 提出を求められる期間は審査の状況によりますが、一般的に取締役会議事録は直近事業年度以降のものが中心です。ただし、M&Aや重要な設備投資など、経営の根幹に関わる決議については、過去3〜5年分まで遡って提出を求められるケースがあります。詳細は主幹事証券にご確認ください。
    Q. どこまで詳細に記載すればよいのでしょうか?粒度の目安は?
    A. 議事録は逐語録である必要はありません。「議事の経過の要領」を記載するものです。目安としては、「その場にいなかった人が読んでも、主要な論点、誰がどのような意見(特に懸念や反対意見)を述べ、なぜその結論に至ったのかが理解できるレベル」を目指すとよいでしょう。特に、経営の根幹に関わる重要な意思決定ほど、詳細なプロセスを記載する必要があります。
    Q. 監査等委員会設置会社の場合、特に注意すべき点はありますか?
    A. 監査等委員会設置会社では、取締役会における監査等委員である取締役の発言が特に重要視されます。監査等委員会での事前審議の内容を取締役会で報告し、その概要を議事録に記載することも有効です。また、常勤の監査等委員は業務に関する情報を豊富に持っているため、その知見に基づく発言や指摘を議事録にしっかり残すことが、監査・監督機能の実効性を示す上で効果的です。

    まとめ:取締役会議事録を「守りの記録」から「攻めのガバナンス証明」へ

    本記事では、IPO審査を通過するための取締役会議事録の作成ポイントについて解説しました。

    • IPO審査では、会社法が定める「形式要件」だけでなく、ガバナンスの有効性を示す「実質要件」が問われる。
    • 単なる決議結果の羅列ではなく、「審議の過程」「判断の根拠」「社外役員の監督機能」「意思決定の公正性」「監査機能」の5つの視点を盛り込むことが重要。
    • 「議論が見えない」「全会一致ばかり」「書面決議の多用」といった議事録は、ガバナンス不全を疑われるNG事例。

    取締役会議事録は、単に法的な義務を果たすための「守りの記録」ではありません。IPO準備企業にとっては、自社のコーポレートガバナンスがいかに健全で、実効性のあるものかを証明するための、最も強力な「攻めのツール」です。

    主幹事証券や取引所、そして未来の投資家からの信頼を勝ち取るために、今日から議事録のあり方を見直してみてはいかがでしょうか。



    植野洋平弁護士(第二東京弁護士会)
     検察庁やベンチャー企業を経て2018年より上場企業で勤務し、法務部長・IR部長やコーポレート本部の責任者を経て、2023年より執行役員として広報・IR・コーポレートブランディング含めたグループコーポレートを管掌。並行して、今までの経験を活かし法務を中心に企業の課題を解決したいと考え、2021年に植野法律事務所を開所。

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