• 契約書
  • その他
  • 秘密保持契約書(NDA)の完全ガイド|法改正対応と必須条項設計のポイント

    お役立ち記事一覧に戻る

    企業の技術や顧客情報といった重要な資産を守るため、取引先との間で「秘密保持契約書(NDA)」を締結する機会はますます増えています。しかし、インターネットで探したテンプレートをそのまま使っていないでしょうか?実は、その安易な利用が、将来の大きな紛争リスクを招く可能性があります。

    秘密保持契約書は、単なる形式的な書類ではなく、自社の事業を守るための重要な「盾」の一つとなります。近年の不正競争防止法の改正により、保護される情報の範囲が広がり、損害賠償のルールも強化されました。

    この記事では、秘密保持契約書の基礎知識から、最新の法改正を踏まえた実務的な条項設計のポイント、そして「差入書」との違いまでを、法務の専門的知見に基づき分かりやすく解説します。テンプレートの落とし穴を避け、自社の状況に合った、本当に意味のある契約書を作成・運用するための第一歩を踏み出しましょう。

    ビジネスの現場で頻繁に交わされる秘密保持契約書ですが、その法的な位置づけや目的を正確に理解しておくことが、適切な運用の第一歩です。ここでは、基本的な定義から関連法規との関係、類似する「差入書」との違いまでを整理します。

    秘密保持契約(NDA)の定義と目的

    秘密保持契約(NDA: Non-Disclosure Agreement)とは、取引の過程で一方の当事者が他方の当事者に開示する特定の情報を「秘密」として指定し、その取扱い(目的外使用の禁止、第三者への開示禁止など)について定める契約です。

    この契約は、民法上の「契約自由の原則」に基づいており、原則として当事者の合意により成立します。主な目的は以下の通りです。

    • 情報漏洩の防止: 技術情報、顧客リスト、ノウハウ、財務情報などの企業秘密が外部に漏れることを防ぐ。
    • 不正利用の抑止: 開示された情報を、合意した目的以外に利用されることを禁止する。
    • 信頼関係の構築: 秘密情報を適切に管理する姿勢を示すことで、取引先との信頼関係を築く。
    • 紛争時の備え: 万が一情報が漏洩した場合の責任の所在や損害賠償についてあらかじめ定め、紛争解決の基準とする。

    契約書って聞くと難しそうだけど、要は「この情報は内緒にしてくださいね」という当事者間の『約束』を正式な形にしたものなんだな。

    不正競争防止法との関係(営業秘密の3要件)

    秘密保持契約書と密接に関わる法律が「不正競争防止法」です。この法律は、契約の有無にかかわらず、一定の要件を満たす「営業秘密」を法的に保護します。

    営業秘密とは?
    不正競争防止法で保護される「営業秘密」とは、以下の3つの要件をすべて満たす情報を指します(出典:不正競争防止法 第2条第6項、最終改正:令和5年4月施行)。

    1. 秘密管理性: その情報が秘密として管理されていること(例:アクセス制限、マル秘表示)。
    2. 有用性: 事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること。
    3. 非公知性: 公然と知られていないこと(一般に入手できない情報)。

    秘密保持契約書との違い
    両者の最も重要な違いは、保護対象となる情報の範囲です。

    • 不正競争防止法: 上記3要件を満たす「営業秘密」のみを保護。
    • 秘密保持契約書: 当事者の合意により、3要件を満たさない広範な情報(例:企画段階のアイデア、交渉内容)も「秘密情報」として保護対象にできる。

    つまり、秘密保持契約書は、不正競争防止法による保護を補完し、より広い範囲の情報を守るための重要なツールの一つです。

    より詳細な法改正の動向については、関連記事「不正競争防止法の改正点を総まとめ!実務への影響を徹底解説」もご参照ください。

    差入書の役割と契約書との違い

    秘密保持の文脈で、「差入書」という書面が使われることもあります。契約書と差入書は似ていますが、法的な性質が異なります。

    項目秘密保持契約書(NDA)秘密保持に関する差入書
    法的性質双務契約(当事者双方が義務を負う)が一般的片務的(差入れる側が一方的に義務を負う)
    署名者当事者双方情報を受領する側(義務を負う側)のみの場合が多い
    利用場面M&A、共同開発など、双方が情報を開示し合う対等な取引見積もり依頼、コンペ参加など、一方的に情報を受領する場合
    内容秘密情報の定義、期間、罰則など詳細な規定特定の情報に関する秘密保持義務のみなど、比較的簡易
    表:秘密保持契約書と差入書の主な違い(表が表示されない場合、画像版を参照ください)

    差入書は手続きが簡単な反面、内容が限定的になりがちです。重要な情報を扱う場合は、当事者双方の権利義務を明確に定める「契約書」形式で締結することが推奨されます。

    秘密保持契約書の主要条項設計ポイント

    テンプレートの丸写しは危険です。自社の状況に合わせて各条項を適切に設計することが、実効性のある秘密保持契約書を作成する鍵となります。ここでは特に重要な条項について解説します。

    秘密情報の定義と範囲の設定

    契約書の中で最も重要な条項の一つが「秘密情報の定義」です。どの情報が保護対象になるかを明確にします。定義の仕方には、大きく分けて2つのアプローチがあります。

    1. 包括的(網羅的)な定義
    開示するすべての情報を原則として秘密情報とするアプローチです。情報開示者にとって有利な規定です。

    (記載例)
    本契約における「秘密情報」とは、本契約の目的遂行のために、開示者が受領者に対して、書面、口頭、電磁的記録その他開示媒体又は方法を問わず、開示又は提供した一切の技術上又は営業上の情報をいう。

    2. 限定的(個別指定)な定義
    「秘密」である旨を明示して開示された情報のみを秘密情報とするアプローチです。情報受領者にとっては、管理対象が明確になるメリットがあります。

    (記載例)
    本契約における「秘密情報」とは、開示者から受領者に対して開示される情報のうち、書面その他有体物により開示される場合は「秘密」等の表示が付されたもの、口頭で開示される場合は開示時に秘密である旨が告げられ、かつ開示後14日以内に当該情報の内容を特定する書面が交付されたものをいう。

    なるほど!情報を受け取る側としては、管理する範囲がハッキリする後者のほうがありがたいな。逆に情報を渡す側なら、前者のほうが安心できる、ということか。

    どちらが自社にとって適切か、取引の状況に応じて慎重に判断する必要があります。

    保護期間・開示制限・違反責任の明記

    保護期間(有効期間)
    秘密保持義務がいつまで続くかを定めます。無期限とすることは、かえって契約の有効性が裁判で争われるリスクを高める可能性があります。情報の価値が持続する期間を考慮し、「契約終了後3年間」「契約終了後5年間」といった合理的な期間を設定することが一般的です。契約更新/解約時は、現行契約条項が最優先とし、別途合意がない限り有効期間を延長せず(民法契約自由原則に基づく)。

    開示制限と目的外使用の禁止
    受領した秘密情報を、誰に、どのような範囲で開示できるかを定めます。通常、知る必要のある自己の役員や従業員に限定し、第三者への開示は原則禁止とします。また、開示された目的(例:共同開発の検討)以外での使用を禁じる条項も必須です。

    違反した場合の責任
    契約違反があった場合の措置を定めます。具体的には、差止請求(漏洩行為の停止)や損害賠償請求が可能であることを明記します。損害額の立証は困難を伴うため、あらかじめ「違約金として金〇〇円を支払う」といった損害賠償額の予定を定めておくことも有効な手段です(民法第709条、最終改正:令和4年)。

    電子署名と書面合意の実務対応

    近年、契約書の電子化が進んでいます。秘密保持契約書は、電子署名及び認証業務に関する法律(最終改正:令和2年)に基づき、電子署名を用いた電子契約として有効に締結することができます。

    • メリット: 郵送費や印紙税のコスト削減、契約締結までの時間短縮、保管・管理の効率化。
    • 注意点: 相手方の同意が必要です。また、法的に有効な電子署名サービス(当事者型または立会人型)を利用することが、後の紛争に備える上で重要です。

    書面での契約か、電子契約か、双方の状況に合わせて最適な方法を選択しましょう。

    最新法改正と実務対応:不正競争防止法・管理指針

    法改正の動向を把握し、契約実務に反映させることは、企業防衛の観点から非常に重要です。特に不正競争防止法とその関連指針のアップデートは必ずチェックしておきましょう。

    令和6年改正のポイント(損害賠償強化など)

    令和5年に改正され、令和6年4月1日から施行された不正競争防止法では、主に以下の点が強化されました。不正競争防止法は複数段階で改正・施行されており、以下の通り整理します。

    施行時期改正内容法的効果
    令和元年7月施行限定提供データ保護制度創設(第2条第7項)ID・パスワード等で管理され、特定相手に限定提供されるデータが営業秘密と同水準で保護対象に
    令和6年4月施行限定提供データから営業秘密を除外営業秘密該当データはより厳格な営業秘密規定で管理
    • 保護対象の拡大: ID・パスワード等で管理され、特定の相手に限定して提供されるデータ(限定提供データ)が、実質的に営業秘密と同様に保護されるようになりました(不正競争防止法 第2条第7項、最終改正:令和5年、令和6年4月1日施行)。これにより、ビッグデータ等の保護が強化されています。
    • 損害賠償額の算定規定の拡充: 営業秘密を侵害して作られた製品が海外で販売された場合でも、その販売数量に基づいて損害額を推定できるようになりました(不正競争防止法 第22条、最終改正:令和5年、令和6年4月1日施行)。これにより、跨境侵害に対する損害賠償請求の実効性が強化されています。
    • 差止請求権の明確化: デジタル化の進展に対応し、営業秘密がクラウドサーバー等に蔵置されている場合でも、その提供の差止めを請求できることが明確になりました(不正競争防止法 第4条関連、最終改正:令和5年、令和6年4月1日施行)。

    これらの改正は、秘密情報のデジタル管理が主流となった現代において、企業の知的財産保護をより実効性のあるものにするための重要なアップデートです。

    営業秘密管理指針(令和7年改訂)の活用法

    経済産業省が公表している「営業秘密管理指針」は、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるための具体的な管理方法を示した、実務上のバイブルです。

    この指針は、法改正や社会情勢の変化に応じて改訂されており、直近では令和7年3月31日に最終改訂版が公表されました(出典:経済産業省「営業秘密管理指針」令和7年改訂版)。

    指針の活用ポイント

    • 「秘密管理性」の充足: 裁判で営業秘密性が争われた際、この指針に沿った管理がなされていたかが重要な判断材料となります。
    • 社内体制の構築: 従業員への教育、アクセス制限の設定、物理的な管理方法など、具体的なアクションプランの参考にできます。
    • NDAとの連動: 取引先に情報を開示する際のNDAの定め方についても言及されており、契約実務と社内管理を一体で考える上で不可欠です。

    法的拘束力はありませんが、この指針に準拠した運用を行うことが、自社の情報を守る上で極めて重要です。自社の社内規程を見直す際のガイドとしても活用できます。

    業種別実務例(製造業・IT業界)

    秘密保持契約で守るべき情報の性質は、業種によって異なります。

    • 製造業:
      • 対象情報: 設計図、製造ノウハウ、サプライヤー情報、品質管理データ
      • 特徴: 技術の模倣を防ぐことが最重要課題。サプライチェーン全体で秘密保持を徹底する必要があるため、複数の下請け企業との間で統一的な基準のNDAを締結することが多い。下請法(下請代金支払遅延等防止法、最終改正:令和4年)との連動を考慮し…
    • IT業界:
      • 対象情報: ソースコード、アルゴリズム、顧客データ、サービス開発計画
      • 特徴: 情報の陳腐化が速いため、保護期間を適切に設定することが重要。従業員の引き抜きによる情報流出リスクが高く、入退社時の誓約書(差入書形式)と合わせて対策を講じることが多い。

    秘密保持契約の作成・運用時の注意点

    契約書は締結して終わりではありません。作成から運用までの各段階で注意すべき点があります。

    テンプレート活用の落とし穴とカスタマイズ

    インターネットで簡単に入手できるテンプレートは便利ですが、そのまま使用するにはリスクが伴います。

    • 自社の状況に合っていない: 開示する情報の種類や取引の目的に特有のリスクが考慮されていない。
    • 法改正に対応していない: 古い書式のままで、最新の法律に対応できていない可能性がある。
    • 一方的に不利な内容: どちらの当事者に有利な内容か分からずに署名してしまう危険がある。

    テンプレートはあくまで「雛形」として参考にし、必ず自社のビジネスモデルや取引の実態に合わせて、弁護士などの法律専門家のアドバイスを得ながらカスタマイズすることを強く推奨します。特に営業秘密を含む機密情報の保護が必要な場合は、弁護士による個別レビューを実施することをご検討ください

    紛争リスクと立証負担の軽減策

    「口約束でも契約は成立する」というのは法律上の原則ですが、こと秘密保持に関しては、口頭合意は極めて危険です。

    情報漏洩が発生し、相手の責任を追及しようとしても、「そんな約束はしていない」「その情報は秘密ではなかった」と反論されれば、合意内容を証明(立証)するのは非常に困難です。

    紛争時の立証負担を軽減するためにも、以下の点を徹底しましょう。

    • 必ず書面または電子契約で合意する。
    • どの情報が秘密情報にあたるかを明確にする。
    • 情報の受け渡しは、日時や内容が記録に残る方法(メール、授受記録簿など)で行う。

    競業避止との区別

    秘密保持義務と混同されやすいものに「競業避止義務」があります。

    • 秘密保持義務: 知り得た秘密情報を漏らしたり、目的外に使ったりしない義務。
    • 競業避止義務: 競合する企業に就職したり、類似の事業を自ら始めたりしない義務。

    両者は目的が異なります。従業員の退職後や、M&Aの交渉決裂後などに競業を制限したい場合は、秘密保持契約とは別に、競業避止義務に関する契約を締結する必要があります。

    FAQとトラブルシューティング

    秘密保持契約書に関してよくある質問とその回答をまとめました。

    まとめ

    秘密保持契約書(NDA)は、企業の重要な知的資産を守り、円滑な事業活動を行う上で不可欠な法的ツールです。

    本記事で解説したポイントをまとめます。

    • 基礎の理解: 秘密保持契約は当事者間の「約束」であり、不正競争防止法が保護する「営業秘密」よりも広い範囲の情報を守ることができます。
    • 戦略的な条項設計: 「秘密情報の定義」「保護期間」「違反時の責任」などの主要条項は、テンプレートを鵜呑みにせず、取引の実態に合わせて戦略的にカスタマイズすることが重要です。
    • 法改正への対応: 令和6年施行の不正競争防止法改正や、最新の「営業秘密管理指針」の内容を把握し、契約内容や社内管理体制を常に見直す必要があります。
    • 運用の徹底: 書面や電子署名による合意を徹底し、口頭での安易な約束は避け、紛争時の立証責任を意識した運用を心がけましょう。

    秘密保持契約書は、一度締結したら終わりではありません。自社の事業内容や社会情勢の変化に合わせて定期的に見直し、常に実効性のある状態を保つことが、未来のリスクから会社を守る最善の策と言えるでしょう。


    免責事項

    本記事は、秘密保持契約書に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、特定の案件に対する法的アドバイスを提供するものではありません。個別の契約書の作成、レビュー、その他法的な判断を必要とする問題については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。本記事に掲載された情報の利用によって生じたいかなる損害についても、当サイトは一切の責任を負いません。法令や各種ガイドラインは改正される可能性があるため、常に最新の情報をご確認ください。

    【利害関係開示】
    本記事は、秘密保持契約に関する一般的な法律知識の提供を目的とするもので、特定の商品・サービスの推奨や広告を含みません。記事内で言及されるテンプレートやツール等は、参考情報として示されたもので、当サイトはこれらの利用に関して一切の保証を行いません。

    参考資料

    • e-Gov法令検索. 「不正競争防止法」.
    • e-Gov法令検索. 「民法」.
    • 経済産業省. 「営業秘密~営業秘密を守り活用する~」.
    • 経済産業省. 「営業秘密管理指針」.



    植野洋平弁護士(第二東京弁護士会)
     検察庁やベンチャー企業を経て2018年より上場企業で勤務し、法務部長・IR部長やコーポレート本部の責任者を経て、2023年より執行役員として広報・IR・コーポレートブランディング含めたグループコーポレートを管掌。並行して、今までの経験を活かし法務を中心に企業の課題を解決したいと考え、2021年に植野法律事務所を開所。

    法律用語を検索する

    お困りのことがあれば
    お気軽にご相談ください