IPOの反社チェック完全ガイド|上場審査を突破する体制構築3ステップ

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IPO(新規株式公開)の準備プロセスにおいて、多くの企業が直面する最重要課題の一つが「反社会的勢力排除体制」の構築と運用です。これは単なるコンプライアンス遵守に留まらず、上場企業としての適格性を問う、極めて厳格な審査項目です。形式的な規程を作るだけでは不十分で、その体制が実効的に機能していることを客観的な証跡(エビデンス)で証明できなければ、上場の道は開かれません。

本記事では、IPO準備企業が上場審査を突破するために不可欠な反社チェックと、その背景にある反社会的勢力排除体制について、全体像から具体的な実務までを網羅的に解説します。規程・契約書・誓約書の整備、審査で最も重視される運用フローの構築、そして「やっている」ことを証明するための証跡管理まで、ステップバイステップで紐解いていきます。この記事を読めば、自社で今すぐ取り組むべきアクションプランが明確になるはずです。

IPO審査において、反社会的勢力との関係遮断が厳しく問われるのには、明確な理由があります。それは、単なる法令遵守を超えた、資本市場全体の信頼性を守るための要請です。

Contents

法令遵守は最低ライン。投資家保護を目的とする取引所の独自基準

暴力団対策法や各都道府県の暴力団排除条例の遵守は、企業として当然の義務です。しかし、IPO審査で求められる水準は、これらの法令が定める最低ラインを大きく上回ります

東京証券取引所が定める有価証券上場規程では、上場審査の要件として、企業のコーポレート・ガバナンスが有効に機能していることを求めています。その中核の一つが、反社会的勢力による経営活動への関与を防止し、排除するための社内体制が整備・運用されていることです。

(新規上場申請に係る宣誓)
第443条 新規上場申請者は、次の各号に掲げる事項を記載した宣誓書を取引所に提出しなければならない。
(1) (略)
(2) 新規上場申請者の役員等(中略)が反社会的勢力(そのものが、暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人であると認められるものをいう。)ではないこと及び反社会的勢力との間に社会的に非難されるべき関係を有していないこと
(以下略)

出典:東京証券取引所 有価証券上場規程(2025年10月29日時点)

この規程の背景にあるのは「投資家保護」という至上命題です。反社会的勢力との関係が疑われる企業が上場すれば、不測の事態によって企業価値が大きく損なわれ、株主である投資家が甚大な被害を受けるリスクがあります。取引所は、そのようなリスクを未然に防ぎ、市場の公正性と信頼性を維持する責務を負っているのです。

主幹事証券会社が「上場適格性」を保証する重い責任

IPO準備においては、主幹事証券会社が企業の内部管理体制を徹底的に調査します。主幹事証券会社は、取引所に対して「上場適格性調査報告書」を提出し、その企業が上場企業としてふさわしいことを、いわば保証する役割を担います。

もし上場後に反社会的勢力との関係が発覚すれば、主幹事証券会社の審査能力が問われ、その信用は大きく失墜します。そのため、主幹事証券会社は極めて厳しい目で、企業の反社排除体制の実効性をチェックします。単に「規程があります」というだけでは全く評価されず、「規程に基づき、どのように運用され、その証跡がどう管理されているか」という点まで、具体的に証明を求められるのです。

【全体像】上場審査で評価される「反社会的勢力排除体制」の4つの柱

それでは、上場審査で評価される「実効性のある」反社会的勢力排除体制とは、具体的にどのようなものでしょうか。法務省の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」をベースに、IPO審査で特に重視される4つの柱に整理して解説します。

反社排除って具体的に何から手をつければいいんだろう…全体像が掴みにくいな。

①基本方針の策定と内外への宣言

まず、経営トップが反社会的勢力との関係を一切遮断する断固たる決意を「基本方針」として策定し、これを社内外に明確に宣言することが出発点です。

  • 社内への宣言: 取締役会で基本方針を決議し、社内規程の冒頭に掲げる、全社朝礼で周知徹底する、などの方法があります。
  • 社外への宣言: 自社のウェブサイトや会社案内に基本方針を掲載し、社会に対して企業の姿勢を明確に示します。

これは、反社対応が経営の最重要課題であることを全従業員に認識させるとともに、反社会的勢力が不当な要求をしにくい環境を作る効果があります。

②社内規程の整備(取締役会決議が必須)

基本方針を具体化するためのルールブックとして、「反社会的勢力排除規程」を整備します。この規程は、必ず取締役会の決議を経て正式な社内ルールとして制定する必要があります。規程には、以下の要素を盛り込むことが不可欠です。

  • 目的、基本方針
  • 反社会的勢力の定義
  • 統括部署と対応責任者
  • 平時および有事の対応フロー
  • 研修の実施義務

③実務運用のフロー構築と徹底

規程を絵に描いた餅にしないために、具体的な運用フローを構築し、徹底することが最も重要です。

  • 新規取引先のチェックフロー: 契約前にどのように反社チェックを行うか。
  • 既存取引先の定期チェックフロー: 年に1回など、定期的に見直しを行うルール。
  • 疑義が生じた際の報告・相談フロー: グレーな情報が見つかった場合に、誰が、誰に、どのように報告し、最終的な判断を下すか。

これらのフローが実際に機能していることを、後述する「証跡」によって証明できなければなりません。

④教育・研修と監査体制

構築した体制を維持・向上させるためには、継続的な教育とチェック機能が欠かせません。

  • 教育・研修: 全従業員を対象に、反社会的勢力に関する基礎知識や、不当要求への対応方法などについて定期的な研修を実施します。
  • 監査体制: 内部監査部門などが、反社排除体制が規程通りに運用されているかを定期的にチェックし、不備があれば改善を促す仕組みを構築します。

これら4つの柱が有機的に連携して初めて、「実効性のある反社排除体制」と評価されるのです。

【STEP1】文書化と証跡の基礎固め|規程・契約書・誓約書の整備

体制構築の第一歩は、企業の意思とルールを「見える化」することです。具体的には、「規程」「契約書条項」「誓約書」という3つの文書が基本セットとなります。

反社会的勢力排除規程に盛り込むべき必須項目

前述の通り、取締役会で決議された「反社会的勢力排除規程」は体制の根幹です。最低限、以下の項目を網羅しましょう。

項目記載内容のポイント
基本方針経営トップの断固たる決意を表明。
反社会的勢力の定義政府指針を参考に、暴力団だけでなく、総会屋や社会運動標ぼうゴロなども含めた広範な定義とする。
統括部署・責任者反社対応を一元的に管理する部署(例:法務・コンプライアンス部)と責任者を明確に指定する。
取引可否の判断基準どのような場合に取引を謝絶するか、具体的な基準を定める。
報告・相談体制疑わしい情報を得た場合の報告ルート(エスカレーションフロー)を定める。
契約書への暴排条項導入全ての契約書に暴力団排除条項を盛り込むことを義務付ける。
研修の実施従業員への定期的な研修実施を明記する。

全ての契約書に必須の「暴力団排除条項(暴排条項)」とは?

暴力団排除条項(暴排条項)とは、契約の相手方が反社会的勢力であることが判明した場合や、反社会的な行為を行った場合に、催告することなく直ちに契約を解除できることを定めた条項です。これは、各都道府県の暴力団排除条例においても導入が求められており、IPO準備企業にとっては必須の条項です。

Confusion Guard: 「誓約書」と「暴排条項」の役割の違い
この二つは混同されがちですが、役割が明確に異なります。

  • 誓約書: 取引を始める前に相手の属性を確認する「入口対策」。
  • 暴排条項: 契約を締結した後に問題が発覚した場合に関係を断つための「出口対策」。

両方をセットで運用することで、反社会的勢力を効果的に排除できます。

(記載例)
第X条(反社会的勢力の排除)
1. 甲及び乙は、相手方に対し、自らが、現在、暴力団、暴力団員、…(中略)…その他これらに準ずる者(以下「反社会的勢力」という。)に該当しないこと、及び次の各号のいずれにも該当しないことを表明し、かつ将来にわたっても該当しないことを確約する。
(各号省略)
2. 甲又は乙は、相手方が前項の表明・確約に違反した場合、又は反社会的勢力に該当することが判明した場合には、何らの催告を要せず、本契約を解除することができる。

取引開始の入口管理「反社会的勢力ではないことに関する誓約書」

誓約書は、新規に取引を開始する相手方から「当社(私)は反社会的勢力ではありません」ということを表明・保証してもらうための書面です。

契約書に暴排条項を入れるだけでは、相手が反社であることを隠して契約を締結する可能性があります。事前に誓約書を取得することで、相手方に自ら属性を申告させ、牽制する効果があります。万が一、後から虚偽であったことが判明した場合には、暴排条項に基づく契約解除の強力な根拠となります。

なるほど、誓約書で入口を固めて、暴排条項で契約後のリスクに備える二段構えなんですね!

【STEP2】審査の最重要ポイント「運用フロー」の構築と実行

文書を整備したら、次はそのルールをいかに実務で動かすか、という「運用」のフェーズに移ります。IPO審査では、この運用実態こそが最も厳しく評価されます。

新規取引先に対するチェックフロー(スクリーニングから契約締結まで)

新規取引先との契約締結までには、以下のような段階的なチェックフローを構築します。

  1. 担当者による一次チェック: インターネット検索や新聞記事データベースなどで、取引先候補の社名、代表者名にネガティブな情報がないかを確認します。
  2. 反社チェックツールの活用: より網羅的なスクリーニングのために、専門の反社チェックツールを利用して調査します。
  3. 誓約書の徴求: 調査で問題がない場合、相手方から「反社会的勢力ではないことに関する誓約書」を取得します。
  4. 契約書への暴排条項の導入: 締結する契約書に、必ず暴排条項が含まれていることを確認します。
  5. 稟議・承認: 上記のチェックプロセスと結果をまとめた稟議書を作成し、社内規程に基づき承認を得ます。

既存取引先・役員・株主への定期的なチェック体制

一度チェックして終わりではありません。取引開始後に相手方が反社会的勢力と関係を持つ可能性もあるため、既存の取引先についても定期的なチェック(例:年に1回)が必要です。

また、審査では自社の役員や主要株主も調査対象となります。これらの関係者についても、定期的に反社チェックを実施し、記録を残す体制が求められます。

疑義が生じた場合(グレー判定)のエスカレーションフロー

反社チェックにおいて最も重要なのが、「白」とも「黒」とも断定できないグレーな情報が見つかった場合の対応です。担当者レベルで安易に判断せず、組織として適切に対応するためのエスカレーションフロー(報告・指示系統)を明確に定めておく必要があります。

【グレー判定時のエスカレーションフロー例】

  1. 疑義発見: 担当者がチェック過程で懸念情報を発見。
  2. 統括部署へ報告: 直ちに反社対応の統括部署(法務部など)へ報告。
  3. 統括部署による詳細調査: 統括部署が追加調査を行い、事実関係やリスクのレベルを分析。
  4. 取締役会等への上程: 自社のみでの判断が困難な場合や、リスクが高いと判断される場合は、取締役会などの経営会議に上程し、組織としての対応方針を決定。
  5. 外部専門家への相談: 必要に応じて、顧問弁護士や警察、暴力追放運動推進センターなどの外部専門機関に相談。

このフローが明確に文書化され、実際に運用されていることが、リスク管理能力の高さを示す重要な証拠となります。

【STEP3】「やっています」を証明する証跡(エビデンス)の管理方法

IPO審査では、「反社排除体制を構築し、運用しています」と口頭で説明するだけでは全く意味がありません。その主張を裏付ける客観的な「証跡(エビデンス)」を、文書で提出する必要があります。

上場審査で提出を求められる証跡リスト

主幹事証券会社や取引所から、以下のような証跡の提出を求められるのが一般的です。これらをいつでも提出できるよう、日々の業務の中で適切にファイリング・管理しておくことが極めて重要です。

  • 規程・マニュアル類
    • 反社会的勢力排除規程(取締役会議事録もセットで)
    • 反社チェック運用マニュアル
    • コンプライアンス規程
  • 運用記録
    • 新規・既存取引先の反社チェックリスト(チェック日、担当者、チェック方法、結果を記録)
    • 反社チェックツールでの検索結果を示す調査報告書やチェックシート
    • 徴求した誓約書の控え
  • 意思決定の記録
    • 反社チェックの結果を添付した取引開始の稟議書・決裁書
    • グレー判定事案に関する取締役会の議事録
  • 教育・研修の記録
    • 従業員向け研修の実施記録(開催日時、内容、参加者リストなど)

チェック記録、稟議書、取締役会議事録の残し方

証跡はただ残せばよいというものではありません。「誰が、いつ、何を根拠に、どう判断したか」が第三者にも明確にわかる形で残すことが重要です。

  • チェック記録: 定型のチェックリストを作成し、検索キーワードや確認したデータベース名、確認日時を必ず記録しましょう。
  • 稟議書: 「反社チェック実施済み。問題なし」の一文だけでなく、チェック結果のサマリーやエビデンスを添付することが望ましいです。
  • 議事録: グレーな事案を審議した場合は、どのような情報に基づき、どのような議論を経て、最終的に誰の責任で取引可否を判断したのか、そのプロセスを詳細に記録しておく必要があります。

IPO準備でよくある反社チェックの疑問と法的論点

ここでは、反社チェックの実務担当者が抱きがちな疑問について、Q&A形式で解説します。

Q1. 反社情報の収集は個人情報保護法に違反しない?

A. 法令遵守等の正当な目的があれば、適法な範囲で収集・利用が可能です。

反社チェックでは個人名で情報を検索することもあり、個人情報保護法との関係が懸念されます。しかし、同法では、法令上の義務を履行するためや、人の生命・身体・財産の保護のために必要な場合など、正当な目的がある場合には、本人の同意なく個人情報を取得・利用できると解されています。

暴力団排除条例の遵守や、企業のレピテーションリスク管理、上場審査への対応といった目的のための反社情報収集は、この考え方に該当すると解されています。ただし、以下の点に留意し、社内規程でルールを明確化することが重要です。

  • 収集する情報は、反社チェックの目的達成に必要な最小限の範囲に留める。
  • 目的外で利用したり、不適切に第三者へ提供したりしない。
  • 情報の漏洩等がないよう、厳格な安全管理措置を講じる。

Q2. 反社チェックツールを導入すれば体制は万全?

A. いいえ、ツールはあくまで体制の一部です。

反社チェックツールは、効率的かつ網羅的に情報を収集するための非常に有効な手段です。しかし、ツールを導入しただけで「体制が完成した」と考えるのは誤りです。IPO審査では、ツールをどのように運用フローに組み込み、そこで得た情報をどう評価・判断し、記録を残しているかという、組織としての総合的な仕組み全体が評価されます。ツールは強力な武器ですが、それを使いこなすための規程や運用フローがなければ意味がありません。

Q3. 調査範囲はどこまで?(役員、株主、従業員…)

A. IPO審査では、非常に広い範囲が対象となります。

調査対象は、直接の取引先(法人)だけではありません。

  • 取引先: 法人そのものに加え、その代表者や役員。
  • 自社の役員・従業員: 役員はもちろん、採用時の従業員についてもチェックが求められます。
  • 株主: 特に議決権の大きい主要株主は、厳格な調査対象となります。

どこまで調査すべきかは、取引の重要性やリスクの度合いに応じて判断しますが、IPO準備においては、主幹事証券会社と相談の上、可及的広範な範囲をカバーする体制を構築する必要があります。

Q4. 過去に反社との関係があった場合はどうすればいい?

A. 現在、完全に関係が解消されていることを、客観的な証拠で説明することが必須です。

過去に関係があったという事実だけで、即座に上場不可となるわけではありません。重要なのは、その関係がいつ、どのような経緯で、完全に解消されたのかを、証跡に基づいて論理的に説明できるかどうかです。

例えば、「関係解消を通知した内容証明郵便」「手切金の支払いがないことを示す資料」「弁護士に相談した際の記録」などが有効な証跡となり得ます。曖昧な説明は通用しないため、誠実かつ透明性のある情報開示が求められます。

まとめ|IPO準備企業が今日から始めるべき反社排除体制構築のアクションプラン

IPO審査における反社会的勢力排除体制の重要性と、その構築・運用の具体的なステップについて解説しました。これは一朝一夕に完成するものではなく、日々の地道な業務の積み重ねが求められます。

最後に、IPO準備企業が今日から始めるべきアクションプランをまとめます。

  1. 現状把握とギャップ分析: 本記事で紹介した「4つの柱」を参考に、自社の体制に何が不足しているかを洗い出す。
  2. 経営トップのコミットメント確保: 取締役会で反社排除の重要性を共有し、基本方針の策定と内外への宣言について決議する。
  3. 規程・文書の整備と見直し: 未整備であれば「反社会的勢力排除規程」を策定。既存の規程や契約書の雛形も、最新の審査基準に合わせて見直す。
  4. 運用フローの文書化: 誰が、いつ、何をするのか、という具体的な運用フローをマニュアルとして文書化する。特にグレー判定時のエスカレーションフローは必須。
  5. 証跡管理のルール化: チェック記録や稟議書、議事録などを、誰でもアクセス・確認できる形で一元管理するルールを定め、徹底する。

反社排除体制の構築は、単なる審査対策ではなく、企業の持続的な成長と社会的信用を守るための根幹となる経営基盤です。専門家の助言も活用しながら、実効性のある体制を構築し、上場への道を切り拓いてください。


免責事項

本記事は、公開日時点の法令や情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、特定の案件に対する法的アドバイスを提供するものではありません。反社会的勢力排除体制の構築や個別の契約条項の有効性、具体的な上場審査への対応については、必ず顧問弁護士や主幹事証券会社等の専門家にご相談ください。法令や証券取引所の規程は改正される可能性があるため、常に最新の一次情報をご確認いただくようお願いいたします。

参考資料



植野洋平弁護士(第二東京弁護士会)
 検察庁やベンチャー企業を経て2018年より上場企業で勤務し、法務部長・IR部長やコーポレート本部の責任者を経て、2023年より執行役員として広報・IR・コーポレートブランディング含めたグループコーポレートを管掌。並行して、今までの経験を活かし法務を中心に企業の課題を解決したいと考え、2021年に植野法律事務所を開所。

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