秘密保持契約書(NDA)の「秘密情報の定義」条項とは?書き方と考え方
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秘密情報の定義って重要条項であることは想像がつくけど、いくつかパターンもあるし、どんな観点でレビューしたらいいかわからない…
秘密保持契約書(NDA)をレビューする際、最初に目にする条項が「秘密情報の定義」ではないでしょうか。
秘密情報の定義は秘密保持契約書の中で最も重要な条項の一つであり、この定義が曖昧なままでは、のちのち保護範囲をめぐり当事者間で争いになるほか、実際に秘密情報をやり取りする際も現場が混乱しやすくなってしまいます。
本記事では「なぜ重要なのか?」を確認しつつ、「どう定義すべきか?」まで、実務的な観点から解説します。
Contents
そもそも定義は必要?もし定義がなかったら?
ほとんどありませんが、稀に秘密情報が定義されていない秘密保持契約書があります。こういった契約書に出会った場合は、必ず秘密保持情報の定義を追記する修正を加えましょう。
秘密情報を秘密として管理する(してもらう)ために秘密保持契約書を締結するにもかかわらず、そもそもなにが秘密情報かがわからないと、秘密として管理することもできないためです。
秘密情報の定義の書き方のパターンとメリットデメリット
ではどのように秘密情報を定義すればよいでしょうか?定義のパターンとそれぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。
パターン➀|一切の情報が秘密情報
(記載例) 秘密情報とは、甲又は乙より、文書・口頭及びその他の方法によることを問わず、開示した一切の情報をいう。 |

これって開示者に有利な定義の仕方ですよね!
じゃあ受領者にとっては避けたい定義の仕方なのかな…?
全ての情報を秘密とすることは、情報を開示する側にとって有利な定義の仕方であるように思えますが、実は受領者にとってもメリットがあります。
たしかに、受領者にとってはすべての情報が該当するため、秘密として管理しなければならない情報が多くなり、本来秘密として保護されるべきでない情報まで秘密情報として扱うことになり、管理コストが増加する可能性があります。
ただ、受領者側の仕事は、秘密として管理することだけではなく、「どれが秘密情報か」を把握することでもあります。
もし秘密情報の定義が一切の情報ではなく、個別に定義されていた場合は、開示されるたびに秘密保持契約書を参照し、当該情報が秘密情報に当たるか確認をする必要があります。
そのため、すべての情報が秘密となっていた方がわかりやすく、秘密として管理しそびれる情報が生じにくいというメリットがあります。
20人程度のスタートアップ企業に向けの定義の仕方といえるでしょう。
もちろん開示者にとっては全ての情報を秘密として管理してもらえるほか、上記の理由から秘密情報として管理してもらいやすいというメリットがあります。
パターン➁|秘密である旨を明示して開示した情報が秘密情報
(記載例) 秘密情報とは、甲又は乙より、文書・口頭及びその他の方法によることを問わず秘密である旨を明示して開示した情報をいう。 |

資料の隅に「Confidential」や「社外秘」といった表記がされているのをよく見かけます!
定義の仕方で最もよく見られるのが、この「秘密である旨を明示した情報」を秘密情報とするケースです。
この定義の仕方のメリットは、開示された情報が秘密情報か判断しやすく、のちに争いにくい点です。
特に受領者にとってわかりやすく、この方法に修正するメリットは大きいでしょう。
開示者にとっては、明示した情報以外は秘密として管理してもらえなくなるため、きちんと運用できるか注意が必要です。また、開示者は明示するという仕事が増えることになります。明示し忘れるだけでなく、たとえ明示していたとしても、それに気づいてもらえない(WordのヘッダーにConfidentialと記載していたが、先方が「空白部分を非表示」を選択して表示していた場合など)には、秘密として管理してもらえないリスクもあります。
先ほどの「一切の情報」を秘密とするよりリスクのレベルが上がりますので、運用する側のリテラシーが求められることから、ある程度人数が増えてきた企業向けの定義の仕方といえます。
実務者へのアドバイス💡 |
先方へ、秘密情報の定義を『一切の情報』または 『秘密の旨を明示して開示した情報』 へ修正して差し戻す場合、修正理由として「明確でないため修正しました」といったコメントを入れるときは要注意です。いずれも定義上の明確性には差がないため、却下される可能性があります。 『一切の情報』へ変更する場合は、「全てセンシティブな情報なため」や、 『秘密の旨を明示して開示した情報』 へ変更する場合は、「保護されるべきでない情報まで秘密情報となるため」等、明確性以外に言及しましょう。 |
パターン➂|例示して定義
(記載例) 秘密情報とは、甲又は乙により開示される情報のうち、以下の各号の一に該当する一切の情報とする。 i . 秘密である旨を明示して開示した情報 ii . 相手方の事業所に立ち入る場合、又は相手方の社内システムを利用する場合に知り得た技術上及び営業上の一切の情報(ログインID及びパスワード等のログイン情報を含む) iii. 本契約の存在及び内容、並びに、本件目的に係る協議、交渉、契約の存在及び内容 iv.「個人情報の保護に関する法律」第2条で定義される個人情報 |

個別に定義すると、どれが秘密情報に当たるかが分かりづらくなる、という話だったけれど……
これはどうなんだろう?
記載例のように、秘密情報を個別に定義している場合もあります。個別に定義することは先述のように秘密情報に当たるかわかりにくくなるためできるだけ避けたい表記方法ですが、本記載例は i. でパターン➁の秘密である旨を明示して開示したものが秘密情報に当たるという前提を入れつつ、ii. ~ iv. で追加及び例示列挙する、という構成になっています。
個人情報のような特筆して保護する必要がある情報をやり取りする場合や、ログインIDやパスワード等、開示する際に明示しづらいケースでは、このようにあえて個別に列挙するメリットがあります。
その他|曖昧な定義
(記載例) 秘密情報とは、当社が秘密として管理している情報をいう。 |
上記のような形で秘密情報を定義している場合もあります。しかし「当社が秘密として管理している情報」かどうかは他社からはわかりません。このように、定義しているようでいて、明確でないものを定義しているだけ、ということもあります。

記載があるからといって安心せず、ちゃんと内容を確認しないといけないんですね!
ただ、秘密の特定が難しい場合や、全部を秘密とすると範囲が広すぎる場合に、中間的な落としどころとしてあえてあいまいな表現が使われる場合もあります。
目的に応じた定義の仕方
M&Aなどは機密性の高い情報の授受が想定されるため、明示が要求されると実務上のやりとりが煩雑となることから、一切の情報が秘密情報として保護されるよう方が運用しやすいでしょう。また、この場合は契約の内容や存在も秘密と定義することが多いです。
また、従業員の雇用時・退職時や、個人への業務委託契約においても、一切の情報を秘密情報とするケースが多く見られます。
実務者へのアドバイス💡 |
営業秘密を秘密として定義している場合は要注意です。 営業秘密は不正競争防止法において要件が定められており、単なる営業に関する秘密のすべてを示す言葉ではないため、要件を満たさない情報は秘密情報の定義から外れてしまいます。 そのため、一切の情報(営業秘密を含む。)といった表現にすることが考えられます。 |
口頭で開示した場合の注意点と秘密の旨の明示期間
(記載例) 情報が口頭若しくは視覚的方法により開示される場合は、開示時点で秘密である旨が口頭又は視覚的方法により明示され、かつ当該開示の日から7日以内に、当該情報を特定の上、秘密であることが書面又は電子的手段で通知された情報であることを要する。 |
ミーティング等、口頭で秘密情報をやり取りするケースもあると思いますが、口頭で開示する場合は、その時点で秘密である旨を明示しておくことが重要です。口頭で明示せず、後日秘密である旨を通知する運用の場合、受領側が通知までの間に秘密と認識しないまま第三者に開示してしまうリスクが発生するためです。
また、通知までの期間は様々ですが、長いと不確実性を生みますので、7日程度の通知期間で充分でしょう。
適用除外は重要?
(記載例) 以下のいずれかに該当する情報は、秘密情報から除外するものとする。 (1) 開示の時において公知であるもの。 (2) 開示以降受領者の責めに帰すべき事由なく公知となったもの。 (3) 秘密情報を受領する以前に、正当に保持していたもの。 (4) 秘密情報を使用することなく、受領者が独自に取得又は開発したもの。 (5) 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を課されることなく適法に開示を受けたもの。 |
適用除外条項は受領者にとって重要な要素であるため、要確認ポイントとなります。記載されていない場合は追記修正するようにしましょう。
まとめ
秘密情報の定義は、秘密保持契約書(NDA)を締結するうえで最も根幹的な部分です。どのような情報を守らなければならないかを明確にすることで、ビジネス上のリスクを大きく減らし、円滑なやり取りを促進できます。幅広く定義するのか、具体的に列挙するのか、あるいはラベル付けした情報に限定するのかは、企業ごとの状況や交渉内容によって異なります。

植野洋平 |弁護士(第二東京弁護士会)
検察庁やベンチャー企業を経て2018年より上場企業で勤務し、法務部長・IR部長やコーポレート本部の責任者を経て、2023年より執行役員として広報・IR・コーポレートブランディング含めたグループコーポレートを管掌。並行して、今までの経験を活かし法務を中心に企業の課題を解決したいと考え、2022年に植野法律事務所を開所。